大事な荷物を運ぶために

おはじき君はゆとり世代という言葉で済ませないほどの、規格外の新人でした。あまりの酷さからてっきり中卒なのかと思ってたら、なんとこれでも大卒らしくて驚きました。こいつが入学できるような大学がこの世に存在したのかと。とにかく常識が無くて、事細かに指示しないとやってくれないし、というか指示しても殆ど何もできない有り様でした。

 

そんなある日、部長が出張に行くので印字した打ち合わせ資料を持って行きたい、と言われました。自分は聞いてなかったので初耳だったんですが、どうも部長はおはじき君に直接依頼してしまってたみたいです。たしか明日の朝8時の飛行機に乗るらしい。イヤな予感しかしません。

 

「おはじき君、部長に頼まれてた印字物ってもう用意できてるの?」

「できてません!(にこやかな笑顔で)」

「え、今は午後9時なんだけど、部長が帰るまでに渡せるの?」

「今から頑張ります!(白痴のような笑顔で)」

「どのくらい量があるの?」

「とにかく沢山です!(3以上の数を沢山と表現する原始人のような笑顔で)」

 

うんざりしながら印字用のエクセルを開いた瞬間、ぞっとしました。印字量とか以前に、枠線とかがムチャクチャで、見た瞬間まずいとわかるレベルなのです。これをそのまま印字してお客様との打ち合わせに持ってくとか、考えられない酷さなのです。

 

「まさかと思うけど、これをこのまま印字するわけじゃ……ないよね?」

「このまま印字します!(悩み事がなにもないような笑顔で)」

「お客様に持ってく資料なのに、ココとか、ココとか、枠線途切れたりしててメチャクチャだと思わないの?」

おはじき君は少し目を細めてしばらくしてから、うわぁとオーバーリアクションな感じで驚きました。え、まさかコイツ、今まで枠線切れてるの気付いてなかったの?

 

とりあえず部長に現状を報告したら、おはじき君を怒り始めました。1週間前に頼んでたから、もうとっくにできてるのかと思ったのに、なんでこんな枠線とかメチャクチャな状態のまま放置してるんだ。枠線とかも整えてから印字するように言ってたはずなのに、今まで何をしてたんだ。といった感じでまぁ普通怒るよね、といった感じで横で聞いてたら、案の定こちらに火の粉がかかってきました。

 

社畜、明日は重要な打ち合わせだから、朝8時の飛行機に乗り遅れるわけにはいかない。そろそろ出ないと、終電を逃してしまう。お前の方がまだ終電が遅いから、それまでコイツを手伝って印字させて、明日空港に持ってこさせてほしい」

「私が持って行かなくていいんですか?」

社畜社畜で、明日プロパーと打ち合わせがあるから、居ないわけにいかんだろ」

「まぁそれはそうなんですが……」

おはじき君に持って行かせるのはイヤな予感しかしないので、どうにか自分が持っていく流れにしようかと思いましたが、部長も時間が無いみたいで切り上げてしまったのでした。さぁヤバい。

 

「おはじき君、聞いてただろうけど、重要な書類だから、早く枠線とか直して、印字して、明日空港まで持っていってね」

「わかりました!(何も考えてないような笑顔で)」

「枠線とか直せるの?」

「まかせてください!(工数とか全然考えてないような笑顔で)」

 

10分ほど横で生暖かく見守ってたんですが、エクセルの操作というかマウスがまともに扱えず、枠線を引くのが非常に困難なレベルでした。こいつ今までどうやって作業してたんだろう。

 

この調子じゃ確実に終わらないので、自分が枠線修正して、終わったぶんをおはじき君に印刷してもらうような流れにしましたが、今度は印字が出来ません。こいつ今までどうや(以下略)

 

夜中の11時過ぎに作業を丁寧に教え、方法もメモに書いて残しておきました。今度は自分の終電がなくなるので、おはじき君ひとりで作業させるしかないからです。不安感しかありませんでしたが、もはやそうするしかないのでした。

 

「おはじき君、俺はもう帰るけど、印字までの流れはわかったね?」

「はい、たぶん大丈夫です!(確実に大丈夫じゃ無さそうな笑顔で)」

「ちなみに印字し終わったら、書類はどうやって持ってくの?」

「自転車で空港まで持っていきます!(自転車通勤が誇らしげな笑顔で)」

「……そういうこと聞いてるんじゃないんだけど……というか、ここから空港まで20キロはあるけど、自転車で大丈夫なの?」

「とばせば20分でいけると思います!(四則演算すらままならなそうな笑顔で)」

「……高速バスでも25分はかかるはずなんだけど……まぁ距離の話はおいといて、俺が質問したのは、持ち運びの方法。こんだけの量の紙を、どうやって自転車で運ぶの?」

「ローソンのビニール袋に入れて運びます!(誇らしげなドヤ笑顔で)

 

おりしも昨日、現場でセキュリティ講習があったばかりでした。重要な書類は紙袋とかではなく、きちんと袋を閉じれる丈夫なものを、といった常識的な説明ばかりだったんですが、それすらおはじき君は守ってくれなさそうです。あらためて袋についても指示をして、ギリギリ終電に間に合ったのでその日はおはじき君を現場に置いて帰りました。そして翌朝、念の為に部長に電話してみました。

 

「部長、おはじく君はちゃんと空港まで資料を持ってきましたか?」

「いや、まだ来てない」

「え」

「電話しても出ないから、寝てるんじゃ?」

「え」

「たぶん来ないだろうから、現地で俺が印字するので、もう気にしなくていい」

「え」

「ちゃんと締め切り意識して、守れなかったら責任持って作業する、という意識を持ってもらいたかったから昨夜は作業させてみようとしたが……やはり無理だったか……」

 

そして現場に着いたら、おはじき君はおらず、そこには印字されたまま放置された大量の印字物が無造作に置かれたままでした。そしてそのそばには、おにぎりでも買ったのか、ローソンの小さなビニール袋が散乱してます。

 

まさか書類を詰めるため、ローソン袋をもらおうと何か買ったけど、小さすぎて入らなかったとか、そういう状況なのコレ? というかあいつ昨夜は紙袋に詰めるとか言ってたけど、まさか自転車でハンドルに下げられるように、ビニール袋にしたのコレ?

 

走馬灯のように妄想が噴出し、頭の中を駆け巡りましたが、とりあえず誰も来ないうちに証拠隠滅をはかってから、おはじき君に電話しました。もちろん出てくれません。

 

そして昼過ぎになっておはじき君がやってきて、遅刻の弁明もなく、紙やビニール袋を片付けずにいた件の説明もなく、空港に荷物を持って行かなかった件についても何も言おうとしないので、とりあえず別室に連れ出して説教を始めました。

 

自分自身を唯一褒めるとするなら、おはじき君を一度も殴らなかった点でしょうか。それ以外は、何もない。