善悪の彼岸

詐称ボーイはとにかく我が道を進みます。俺や係長とは別チームになってしまったので、表向きは支援しづらい状況です。というか別チームリーダーから「チームを超えての支援はご遠慮ください」と指導を受けてしまったので、別チームリーダーから見える場面では、詐称ボーイの手助けが(立場上)困難なのです。

 

仕方ないので、詐称ボーイと同じチームになってしまった(意味ありげな過去形)同僚に、詐称ボーイのお世話をお願いすることになってしまったのです。いつもは俺に文句とか軽口言ってくるような人なのに、詐称ボーイに対しては全く怒らずに、淡々と指導してるのです。あの同僚が怒らずに黙って相手してるなんて……と全米が震撼。俺が近くで話聞いてるだけでイライラするような状況なのに、根気強く指導してるのは、並みの忍耐力ではありません。

 

別チームリーダーから注意さえ受けてなければ、三人で交代制で相手してたんですが(そうしないと体がもたない)、同僚一人で相手してもらう状況となってしまい、案の定同僚が疲れ果ててしまいました。しかたがないので、近所の喫茶店に連れ出して、愚痴を聞いてあげたりしてたんですが、これじゃ本質的な改善にはなりえません。少しずつ皆が摩耗していくだけです。

 

そう思い、社畜と係長と同僚、そして詐称ボーイの四人で集まって、話し合いの場を設けました。なぜ出来ないのか、どうすれば出来るようになるのか、といったことを建設的に話し合うのが目的です。でしたが、やはり無理でした。

 

話し合いとは、言葉のキャッチボールです。相手の言葉を受け取り、それに対して言葉を返し、お互いの意図を伝え合うのが通常です。しかしながら明後日の方向にボールを暴投したり、ボールを受け取らず拾いにも行かず、自分でトゲ付き鉄球を用意して投げつけてくるようでは、拉致があきません。

 

その態度を見ていて疑問に思ったので、少しは謝罪の言葉でも出れば、同僚のストレスが少しでも緩和できないだろうか、と思って社畜は質問しました。

 

「同僚がこれだけ時間を割いて、丁寧に粘り強く指導してるのに、あなたは同僚に悪いことをしてるって思ってないんですか?」

 

「いいえ」

 

え? 

 

俺、回答の意味を捉え間違えてる、の、か、な?

 

係長に目配せすると、あちらも「え?」って顔をしてます。さすがにそれは無いだろうと思い、質問しなおしました。

 

「私の質問の仕方が悪かったかもしれないので、もう一回同じことを聞きますが……詐称ボーイは、同僚に悪いという気持ちを持っていますか?」

 

「持っていません(即答)」

 

絶句。

 

「設計書なんて、適当にちゃっちゃと済ませてしまって、製造やる時にバグ出しまくればいいんですよ。それなのに同僚さんはしつこく意見してきて、正直、迷惑ですよ」

 

ちなみにお前の設計書から製造するのは俺なんだけど?

 

「同僚さんは、アンタのために時間割いて、自分のスケジュールが遅れてしまうし、アンタが出来ない設計書を代わりに引き受けてるから、毎日深夜まで残業しているんだけど、そういうことに対する罪悪感はないの?」

 

「ありません(即答)」

 

「……わかりました。自分の担当じゃなくなったら、自分の責任じゃないということですね。じゃあ、我々もあなたの面倒をみる責任はないですよね」

 

「え、それは……」

 

「だったら、絶対にこれから同僚より早く帰ったりするんじゃねえ! 他人に仕事押し付けておいて楽になったと思ってんじゃねえぞ これから同僚より早く帰る日が一度でもあったら、俺らは二度とお前のフォローしないからな! わかったか?!」

 

「……」

 

「返事は?!」

 

「わ、わかりました……」

 

そして翌日、詐称ボーイが同僚より早く帰ったのを見届けたので、ヤツのことは見捨てて他の三名まで信用を落とさないようにしましょう、という方針になったのでした。